(士郎)

突然の切嗣からの念話に何かあったのかと若干緊張しながら、直ぐに応答する。

(爺さん)

(そっちは?)

内容が状況確認だとわかり士郎の肩から力が抜ける。

(終わった。爺さんの方は?)

(こっちも終わった。これでこの地で聖杯戦争が起こる事は無い)

(そうか・・・じゃあ、セイバーにライダーは・・・)

(今しがた退去したよ。それと・・・間桐雁夜が死んだ)

(・・・そうか・・・)

切嗣からの言葉に士郎の念話のトーンが重苦しいものに変わる。

雁夜の結末は既にわかり切っていた事だった。

しかし、だからと言ってそれをあっさりと聞き流せるほど非情にもなれない。

ましてや別世界とは言え、慕っていた人の死に直面した凛、桜の心情を考えれば尚更だ。

(・・・いずれにしろこれで当面の問題は全て片付いたって事か・・・)

(ああ、まだ後始末が色々と残っているけど)

(当面の問題には決着が付いたんだし、焦らなくても良いんじゃないか?)

(いや、三つほど厄介な問題が残っている)

(厄介な問題だって?じゃあ俺も合流した方が良いか?)

(転移の指輪も無いだろう。それよりも士郎には間桐邸に行って貰いたいんだ)

(間桐邸に?)

(ああ、実はこれは一つ目の問題なんだけど・・・間桐臓硯がここに現れた)

士郎に緊張が走る。

(接触してきたのか?)

(いや、遠目にこちらの様子を伺っていたけど直ぐに立ち去ったらしい。それを偶然桜ちゃんが発見してくれた。だけど凛ちゃん曰く『あの怪物が手ぶらで帰るとは思えない』だそうだ)

凛の言葉に士郎も思案する。

士郎自身は臓硯には数える程しか会っていないが、奴があらゆる意味で魔術師としても人としても逸脱した存在である事は明白。

そんな魔性が何も手を打たずに無駄な行動を取るとは信じ難い。

姿を現した以上何かをしでかしたと見るべきだ。

(確かに、俺も凛の意見に賛成だ。これから間桐邸に向かう)

(頼む、士郎、桜ちゃんも向かったから現地で合流出来る筈だ)

(??爺さん、凛は?)

(凛ちゃんなら二つ目の問題の解決に向かったよ)

(二つ目の?)

(ああ、遠坂葵の救助に向かった。間桐雁夜が死ぬ間際に彼女の居場所を話したらしい)

(そうか・・・で、爺さん達は?)

(僕達はここから離れた後、三つ目・・・最後の詰めを行う)

それが何であるのかは言うまでもない。

(そうか・・・了解、じゃあ直ぐに向かう)

そう言い残して士郎の姿は大聖杯跡地から姿を消した。









場所を移して間桐邸、その地下では

「ええい!あの役立たず!何処までも儂の邪魔立てをしおって!!」

市民会館から帰還してきた間桐臓硯は死んだ雁夜に対して、怒りを爆発させていた。

だが、それは雁夜が聖杯を手に出来なかった事ではない。

綺礼にも言ったが、この聖杯戦争はあくまでも捨て試合に過ぎず、勝とうが負けようがどちらでも構わない。

だが、第五次の切り札として用意していた勅命を他陣営のマスター、それも同じ御三家であるアイリスフィールの目の前で発動させた事だけは断じて容認出来なかった。

切り札とはその存在を敵に認識されないからこそ真価を発揮出来る。

だと言うのにそれを落ちこぼれ、役立たずの屑に台無しにされたのだ。

おまけに制裁を加えたくても当人は既にくたばっており、その怒りの矛先は何処にも向けられない事が尚の事苛立たしい。

だが、不意に懐に入れていたものに触れた瞬間、喜色を浮べる。

「まあ・・・これを手に入れられたのだから差し引きゼロ・・・いや、儂の一人勝ちといっても良いかもしれぬなぁ」

そう言って不気味な笑みを零す。

臓硯の言葉は決して誇張では無い。

何故ならば臓硯の取り出したものそれはなにかの金属片。

否、それは聖杯の器、その欠片だった。

先刻市民会館で姿を現した臓硯はよりにもよってこれを手にしていた。

「クカカカカ・・・あとはこいつを」

そういう臓硯の視線の先には全裸で横たわる一人の少女・・・間桐桜の姿。

臓硯はよりにもよって聖杯の欠片を桜の体内に埋め込む気だった。

そうすれば今まではアインツベルンの独占状態であった聖杯の器を間桐も用立てる事が出来る。

それは勅命と並ぶ・・・若しくは凌駕する間桐の切り札となるだろう。

「遠坂の小倅もおらぬ・・・次の小娘も素質はあってもまだまだ発展途上・・・アインツベルンも今回以上の切り札などそうは出せぬ・・・何よりも聖杯には未だに今回取り込んだ英霊の力が残っていよう・・・」

その言葉が意味する所、それは次の第五次は未だかつて無いほど短いスパンで起こるであろうと言う事。

実際臓硯の言葉は正しく、別の平行世界において第四次から僅か十年後、第五次聖杯戦争が勃発する事になる。

この事を知っているか知らぬかでも差が出よう。

臓硯はそのアドバンテージを最大限利用し、第五次に備えて準備に入る事を画策していた。

桜の体内に欠片を埋め込み間桐の聖杯とする、その上でサーヴァントも今回のような遊び半分ではない勝ちにいけるサーヴァントを見繕う。

無論だが大聖杯の異常を調べ上げ、それが間桐の利になるようであれば徹底的に利用し尽くす。

全てが自分の思惑通りに進んでいるのかと思うと笑いが止まらないし止める気もない。

「カカカカ・・・さてと・・・事を進めるとするかのぉ」

そう言い桜に触れようとしたその瞬間

「・・・吹き荒ぶ暴風の剣(カラドボルグ)」

何処からとも無く飛来してきた銀刃の風が臓硯の両腕を両断した。

「!!」

完全なる奇襲に一瞬よりも短い時間だけ呆然とするが、臓硯の切り落とされた両腕は無数の蟲に変貌を遂げると臓硯の足元から体内に埋没する。

それと同時に切断面から蟲が湧き出るや、それは瞬く間に人体へと擬態し、両腕は復元された。

「なるほど・・・長い間生きているから人は半分捨てているとは思ってたが・・・もはや人ではなく死徒に近い存在だったか」

怒りよりは嫌悪、嫌悪よりは呆れを含んだ声と共に現れたその姿に臓硯は見覚えがあった。

「き、貴様・・・エクスキューター!!」

「へえ・・・俺の事を知ってるのか・・・当然か」

臓硯の怨嗟を何処吹く風と受け流しながら歩み寄る士郎に臓硯は更に憎々しげに睨み付ける。

が、直ぐに焦りに変わる。

ない、聖杯の欠片が、間桐を栄光に導く筈の鍵が。

慌てて探そうとした時、

「先輩、これを」

何時の間にやら士郎の傍らに寄り添う女・・・桜がそれを手渡す。

「・・・こんなもん回収してたのかよ・・・ありがとうな桜、危うく禍根の根を残す所だったよ。さてと」

そう言うと士郎は欠片を軽く放り投げるや、その手に握られた槍を掲げて

「神仙達の裁き(火尖槍)」

その槍から吹き上がる炎で欠片を焼き尽くしてしまった。

「な、ななな・・・!!き、ききき貴様ぁ!」

それに激昂した臓硯に対して間髪入れる事無くその炎を浴びせかけた。

「ぎゃあああああ!!」

ただの炎など臓硯に屁とも思わぬであろうが、これは邪を払う退魔の炎。

もはや純然たる魔に近い存在と化した臓硯には効果は絶大だったらしく、絶叫を上げてのた打ち回る。

「さてと・・・」

そんな臓硯に眼もくれず士郎と桜は横たわる幼い桜に近寄る。

「・・・」

目の前で起こった事にも声を上げるどころか表情も変える事無く、ただただ光を失った眼を士郎達に向ける幼い桜の姿に士郎も桜も表情を歪める。

何をされて来たのかは士郎達には判らない。

だが、この眼は全てを奪い尽くされた結果、無い一つとて希望を抱かなくなった眼だ。

つまりは幼き桜はここでそれだけの事をされてきた、それだけは判る。

「先輩・・・どうしますか?」

「・・・単純に解放すれば良いと言う問題じゃないな・・・だけどその前にやらなくちゃならない事がある。桜、この子を押さえつけていてくれ」

「えっ?は、はい」

士郎に促されるままに、桜は平行世界の自分を押さえつける。

それにも抵抗らしい抵抗をする事も無い幼い桜に、士郎は何時の間にやら取り出した石創りの短刀を胸部の中心に軽く当ててから腹部へと一直線に線を引く。

本当に軽く当てているからなのか、短刀の刃が鈍らなのか桜の皮膚には傷は一つも無い・・・

しかし、へその部分で短刀を離すや、引かれた線に沿って紅い点が浮き上がる。

その点は瞬く間に線となり桜の身体を真紅に染めあげ、血に塗れた臓器が引きずり出される。

「!!せ、先輩??」

「桜、しっかり押さえ込め!」

「は、はい!」

「ぁ!ぁぁぁぁぁ!!」

幼い桜の口から声ならぬ絶叫が零れ落ち、身体は激しく痙攣して暴れまわる。

その力はまだ六歳の少女とは思えぬほどで桜と士郎は渾身の力を込めて身体を押さえ込む。

しかし、それは苦痛故ではなく、快楽ゆえのもの。

それは、士郎が用いた『太陽の不滅希う生贄(ウィツィロポチトリ)』・・・聖杯戦争前、アイリスフィールの体内から器を臓器ごと摘出するのに用いられた究極の暗殺宝具の効果によるもの。

そして臓器が完全に摘出されたと同時に

「投影開始(トレース・オン)」

この地での最後の投影を用いる。

無論作り出すのは『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

これを桜に向かって開放、瞬時に桜の傷は癒え、臓器は全て再生される。

「・・・ぁ・・・ぁぁ・・・」

しかし、幼き身体に『太陽の不滅希う生贄(ウィツィロポチトリ)』の多幸感と快楽は強烈だったらしく、口から泡を吹き完全に意識を飛ばしてしまった。

「せ、先輩??何でこんな事を??」

「ああ、慎二の事を思い出してな・・・」

「慎二?間桐先輩がどうかしたのですか?」

「ああ・・・いたのさ慎二の体内に・・・」

士郎の脳裏に過ぎるのは生前、自身が参戦した聖杯戦争の事。

その最終局面において、士郎は間桐慎二の最後を看取った。

その後、慎二の身体から蟲が這い出てきた。

あの時は直感、本能と言うよりは八つ当たりに近い感情の発露を以って蟲を踏み潰したが、今は確信をもって言える。

あの蟲は間桐臓硯だったのだと。

そして桜の体内にも臓硯がいると。

はたして士郎の予測は正しく報われた。

臓器の間から這い出るように姿を現した一匹の蟲、その姿はまさしくあの時と同じもの。

士郎は躊躇い無くそれを摘み引きずり出した。

「・・・・・・」

それに凍て付くほど冷たい視線を向けると、いまだ燃え盛る臓硯に放り込む。

無論蟲はあっという間に消し炭になって臓硯の上に落ちて、その衝撃で粉微塵に砕け散る。

「今の蟲は・・・もしかして」

「ああ、こいつの一部だろうな・・・間桐臓硯はもう始末するしかないが・・・こっちの桜はどうするか・・・」

臓硯には感情の無い殺意の視線を、意識を失ったままの幼い桜には苦い表情を浮べ、思案に暮れる視線を向ける。

「そうですね・・・」

それに桜も思案に暮れる。

というのも当初、この件に関して一切関与するつもりは・・と言うよりは予定すら無かった。

臓硯がこの地での聖杯を諦める、もしくは桜が臓硯を発見していなければ、ここには来ていない。

しかし、臓硯が余計な欲を見せ聖杯の欠片を手中にし、その上、幼い桜の体内に自らの分身を埋め込んだに留まらず、欠片まで埋めこもうしていたとなれば、放置など出来ない。

それ故にここまで干渉してしまった。

ここは切嗣、アイリスフィールに事情を説明するのが最良であるが、そもそも桜は遠坂。

自分達が帰還した後、思いもよらぬ事態の火種となる可能性は皆無では無い。

最悪幼い桜もこの場で殺害する手段もあるが・・・

そんな事を考えた時だった。

「そこまでせずとも良い、士郎。最後の詰めは私が受け持つ」

そんな声が背後から聞こえてきた。

振り返るとそこにいたのは

「師匠!どうしてここに?」

士郎の驚きを含んだ声にその人物・・・ゼルレッチが不敵に笑う。

「お前の事だ、そろそろ完遂すると見込んでやって来た。ご苦労だったな士郎、大聖杯の消滅確かに確認した」

「はい、ですが・・・」

幾分苦い表情を浮べる士郎に苦笑を浮かべ労をねぎらう。

「気に病むな。お前の判断は正しい、こいつは過剰な干渉ではなく放置してはならぬ案件。その娘に関しては心配するな。それとこやつの事もな・・・久しいな間桐臓硯・・・いやマキリ・ゾォルケン」

ようやく火が消えた臓硯に声を掛けるゼルレッチだが、その声に親愛なものは無く、ただただ冷ややかな毒のみだった。

「な・・・カ、『万華鏡(カレイドスコープ)』・・・何故・・・何故貴様が・・・そ、それに大聖杯の消滅とは・・・」

「貴様らがエクスキューターと呼んでいたこの男は私の弟子でな、こやつに大聖杯の破壊を命じたのさ」

「な・・・」

思わぬ・・・と言うよりはとんでもない事に絶句する。

「何故・・・そう言いたげだな。簡単な事、貴様らの無様ぶりにあきれ果てたのさ。この地を管理しておりながら大聖杯の異変を察知できぬ遠坂も無様だが、それ以上に大聖杯にろくでもない毒をぶち込んで知らぬ顔を決め込むアインツベルン、そして異変を感じ取りながら放置した貴様は無様を通り越して醜悪。これでは宿願の為に身を捧げた『冬の聖女』も浮かばれぬ」

「!!」

その言葉を耳にした時臓硯の表情が鬼気迫る形相に変貌した。

「き、貴様に!貴様に何がわかるか!!儂がこの二百・・・否!五百年をどのようにして生きてきたか!平行世界を気ままに往来する貴様に儂の・・・儂やユスティーツァの覚悟がわかるかぁ!」

「・・・確かに判らぬな」

常に飄々としていた臓硯が発した鬼気迫る怒号をゼルレッチは一言で受け流した。

「判らぬが、貴様が目的も手段も全て腐り果てた事だけは理解している・・・そしてこれ以上の問答は不毛であり不要である事もな」

そう言って懐から愛剣を取り出す。

「士郎、娘を連れて外に出ていろ。始末をつける」

「判りました。お手数をお掛けします」

そう言って何時の間にか用意したタオルケットをくるました幼い桜を抱きかかえた士郎は桜を伴ってその場を後にした。

「ま、待て!きさ」

背後から臓硯の声が投げ掛けられるがそれも無視して。









数分後、間桐邸前に立つ士郎と桜は間桐邸内部から放たれる魔力を確かに感知した。

「終わったぞ」

そう言いながら、いつの間にか隣に姿を現したゼルレッチに士郎は驚く素振りも見せず、

「師匠、幾度もお手数をお掛けして申し訳ありません」

静かに一礼した。

「構わん、私が勝手にやって来て勝手に始末をつけただけ。お前が恐縮する必要は無い・・・と言ってもお前は納得せぬだろうな。ならばこう思うが良い、こいつはお前が私の依頼を完遂した事への報酬だと」

不敵に笑いながらそう言うゼルレッチに士郎も釣られて笑った。

「それでしたら遠慮なく。」

「ああ。それと『冬の聖女』の裔に二つ伝言を頼む」

「伝言・・・ですか?」

「ああ、一つ『アハトの坊主はもうおらぬ』とな」

その伝言で士郎は全てを理解した。

「師匠、またアインツベルンを?」

「ああ、今頃ゾォルケンと同じ所で自分が行った事の顛末を見せられているだろう、で、二つ目だが『時計塔の小僧共と話は付けた。お前達にその娘も含めて遠坂を任せる。詳しくはお前の娘に聞け』とな」

「・・・手が早いですね。もしかしてずっと観戦していましたか?」

ジト眼で尋ねる士郎にいたずら小僧のような笑みだけ浮べるだけで返事はしないが、その態度だけで士郎は自分の推察が正しい事を理解した。

「では、これで別れだな」

その言葉で士郎は姿勢を正す。

「改めてご苦労だった士郎。志貴達にも宜しく言っておいてくれ」

「はい、また縁が結ばれた時にお会いできる事を心待ちにしています」

「ああ、その時には志貴や姫様ともな」

その言葉と同時にゼルレッチの姿は霞のように掻き消えた。

それを待っていたように後方から車の音が聞こえてきた。

やがて、その音はこちらへと近付いてくると同時にヘッドライトの明かりが見えてくる。

程なく士郎達の前に一台のバンとメルセデスが停車した。

色も形も違うので事前に用意していた予備だろう。

「士郎、そっちは終わったようだね」

「爺さん」

バンから出てきた切嗣が士郎に声を掛ける。

「色々話もあるだろうがまずは乗ってくれ。話は屋敷でしよう」

「判った」

切嗣の言葉に頷いた士郎は桜と共にバンに乗り込んだ。

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